雪国が育む白い芸術。東秀幸さんが語る五箇山和紙の魅力と未来

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written by 大西マリコ

富山県南砺市五箇山。世界遺産の合掌造り集落で知られるこの地に、1300年以上の歴史を持つ「五箇山和紙」があります。雪国の気候が育んだ強靭な楮から作られるこの和紙は、その白さと丈夫さで重宝されてきました。しかし、時代と共に需要は減少。そんな中、伝統を守りながら新たな挑戦を続けているのが、五箇山和紙の里の館長・東秀幸さんです。幼少期から和紙に親しみ、40年以上その魅力を伝え続けてきた東さんに、五箇山和紙の過去、現在、そして未来について話を伺いました。 

インタビュイー:東 秀幸さん

インタビュイー:東 秀幸さん

1956年、五箇山生まれ。家業の紙漉きを見て育つが、高校卒業後は富山市内で就職。27歳のときにUターンし、手漉き和紙の世界へ。財団法人五箇山和紙工芸研究協会の設立時から紙漉き職人として関わり、後に伝統工芸士の認定を受ける。五箇山和紙の普及と後身の指導にあたりながら、新作の開発にも力を注いでいる。

五箇山和紙の魅力と特徴。雪国が育んだ強靭な美

 

――― はじめに、五箇山和紙の特徴や他の和紙との違いを教えてください。 

五箇山和紙の最大の特徴は、その強靭さと白さにあります。私たちが使う楮(こうぞ)は、この五箇山の寒冷な気候で育つため、繊維が太く、しっかりとしているんです。そのため、できあがる紙は非常に丈夫で、しかも美しい白さを持っています。 

また、五箇山和紙は昔から障子紙として使われてきました。障子を通して入ってくる光には独特のふくらみがあり、ガラスとは全く違う柔らかな雰囲気を作り出します。この光の表現は、五箇山和紙ならではの魅力だと思います。 

  

――― 現在、五箇山和紙はどのような場所やシーンで使用されているのでしょうか? 

伝統的な用途としては、もちろん障子紙や仏具があります。最近では和傘や提灯にも使われていますね。 

また、芸術の分野でも五箇山和紙は重宝されています。版画用紙として使う作家さんもいらっしゃいますし、書道用紙としても人気があります。さらに最近では、現代的なインテリア小物やアクセサリーなど、より身近な商品にも使われるようになってきました。 

 

 

――― 五箇山の暮らしにも根付いているのでしょうか? 

そうですね。この地域にはまだ古い家屋が多く残っていて、障子戸を使っている家も少なくありません。そういった家では、五箇山和紙が日常的に使われています。ただ、最近は生活様式の変化で和室が減少しているので、昔ほど身近ではなくなってきているのが現状です。 

それでも、五箇山和紙は地域の誇りであり、小学校での伝統工芸の授業などを通じて、子どもたちにも親しまれています。和紙づくりが地域の文化として根付いているんです。 

 

五箇山の記憶。合掌造りと和紙が織りなす幼少期 

 

――― 東さんは家業が紙漉きだったそうですが、子供の頃から五箇山和紙は身近な存在でしたか? 

ええ、本当に身近でしたね。私が小学校低学年くらいまで、うちは合掌造りの家で、1階部分で紙漉きをしていました。当時は、うちだけでなく、近所の2、3軒で共同で紙漉きをしていたんです。 

子供心に、紙漉きの風景はとても印象的でした。大人たちが真剣な表情で作業する姿、楮(こうぞ、)を処理する風景、和紙の香り...。そういった記憶が今でも鮮明に残っています。ただ、当時は「将来、この仕事を継ぐんだ」という意識は全くなかったですね。むしろ、邪魔をしていた記憶の方が強いです(笑)。 

 

――― 生活必需品であり、五箇山の文化や歴史をつくってきた存在だったのですね。 

そうですね、私が子供の頃は、和紙は本当に生活に密着したものでした。例えば、今でこそコピー用紙が一般的ですが、昔は記録を取るのに和紙を使っていました。和紙はとても頑丈なので、適切に保存すれば何百年、場合によっては千年以上も保つことができるんです。日本の長い歴史や文化を今に伝える重要な役割を果たしてきたんですよ。 

  

 

 ▲原料となる楮(こうぞ)は山で自家栽培。雪深く寒い五箇山で育つ楮は繊維が太く、紙の締まりをよくしてくれる。「五箇山の和紙は固い」と昔から有名なのだとか。多くの人の力と手間のおかげで美しい五箇山和紙が生まれます。 

 

――― 東さんは一度富山市内で就職されたあと、Uターンして紙漉きの家業を継いだとお聞きしました。 

富山市内で電気工事の仕事をしていたんですが、27歳のときに親から「家に戻ってうちを継げ」と言われまして。ちょうどそのとき、この五箇山和紙の里の施設ができたんです。だから、一期生ですね。 

それから、「長男だし、やってみるか」とこの仕事を始めてみたら、すっかりハマってしまって。気がついたら40年以上も続けていました。もうやめるにやめられなくなってしまったんです(笑)。

 

 

――― それほどまでハマる、紙漉きの仕事の魅力とはどんなところにありますか? 

やっぱり自分で作ったものが形になって、それをお客さんが喜んでくれることですね。例えば、自分で楮を育てて、処理して、紙になるまでの全工程に関わるわけです。そうして作った紙をお客さんが買ってくれる。「これ、良かったよ」って言ってまた次に和紙を買いに来てくれる。それが本当に励みになるんです。 

また、お客さんの要望に応えて新しいものを作っていくのも面白いですね。例えば、水墨画の作家さんから「もっと墨が乗りやすく、にじみやすい紙を作れないか」と相談されたことがあります。それで1年かけて試行錯誤して、要望に応える紙を作ったんです。 

このように、伝統を守りながらも新しいことに挑戦できるのが、この仕事の魅力だと思います。お客さんの声を聞きながら、和紙の可能性を広げていく。そういう過程が本当に楽しいんです。 

 

伝統を守りつつ、新しい可能性を追求する 

 

――― 五箇山和紙の職人として約40年。その間に様々な変化があったと思いますが、どのように感じていらっしゃいますか? 

40年も経つと本当に様々な変化がありました。まず、生活様式の変化で和紙の需要が大きく変わりました。障子紙の需要が減る一方で、アート用紙や現代的な生活雑貨など、新しい用途が生まれてきています。 

また、和紙づくりの技術も少しずつ進化しています。伝統的な技法を守りつつも、より効率的な道具や、新しい加工方法を取り入れるなど、時代に合わせた変化も必要です。 

一方で、変わらないものもあります。それは、和紙づくりの根本にある「真面目さ」です。どの工程も手を抜かず、丁寧に作業することの大切さは、40年前も今も変わりません。この姿勢があってこそ、高品質の和紙が生まれるんです。

 

 

――― 近年は伝統を守りつつ、新しい取り組みも行っていると伺いました。具体的に活動について教えてください。 

伝統的な和紙づくりを守りながら、新しい商品開発にも力を入れています。例えば「FIVE」というブランドを立ち上げ、若いデザイナーと協力して現代的なデザインの商品を作っています。

 

 

これらの新しい取り組みは、お客様の声を大切にしながら進めています。伝統にこだわりすぎず、時代のニーズに合った商品を作ることで、和紙の新しい可能性を探っているんです。 

 

 

未来へ繋ぐ。若い世代と共に描く五箇山和紙の展望 

 

――― 最近は若い職人さんも増えていると聞きました。若手の育成についてはどのようにお考えですか? 

ありがたいことに、最近は若い人たちが和紙づくりに興味を持ってくれています。デザイン系の学校を卒業した人や、ものづくりに興味のある若者が入ってきてくれていますね。 

私たちは、まず基本的な紙漉きの技術をしっかり学んでもらい、その上で個性を活かした商品開発にチャレンジしてもらっています。若い人たちの柔軟な発想は、伝統産業にとって本当に貴重だと思います。 

 

――― 最後に、五箇山和紙の今後について、展望を教えてください。 

五箇山和紙の未来は明るいと思っています。伝統的な需要は減少していますが、新しい用途や表現方法はまだまだ探求できると考えています。 

例えば、環境に優しい素材として和紙が注目されていますし、デジタル時代だからこそ手触りや質感を大切にする人も増えています。そういった新しいニーズに応えていくことが大切です。 

同時に、和紙づくりの文化や技術を次の世代に引き継ぐことも重要です。若い人たちと一緒に、伝統を守りつつ新しい可能性を探っていく。そんな姿勢で、これからも五箇山和紙の未来を築いていきたいと思っています。  

▲道の駅 たいら 五箇山和紙の里。五箇山和紙を始め、五箇山の特産品を販売。併設された合掌造りの体験館では和紙漉き体験ができます。 

 

道の駅 たいら 五箇山和紙の里についてはこちら!
https://gokayama-washinosato.com/ 

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