伝統を紡ぎ、音を届ける。舘谷美里さんが追求する胡弓と三味線の世界

ブルー

written by 大西マリコ

富山県でのみ演奏される伝統楽器「胡弓」。その演奏者は日本で10人にも満たないという希少な存在です。三味線と胡弓の講師として活動する舘谷美里さんは、伝統音楽の素晴らしさを次世代に伝えるべく、教室での指導から楽譜制作、YouTubeでの発信まで、幅広い活動を展開しています。 

2歳の頃から地域の伝統行事「おわら風の盆」に親しみ、34年にわたって八尾の文化を見つめてきた舘谷さんに、伝統音楽への想いと未来への展望について語っていただきました。 

インタビュイー:舘谷 美里さん

インタビュイー:舘谷 美里さん

日本でも数少ない胡弓奏者のひとり。富山県八尾町出身、現在は富山と東京を拠点に活動。地元の伝統行事「風の盆」で培った三味線、胡弓、踊りの経験を持つ。失われゆく胡弓の音色を世界に伝えるため、伝統音楽の枠を超えた活動を展開。津軽三味線や和太鼓との共演の他、チェロやフラメンコなど、ジャンルを越えたコラボレーションも積極的に行う。2023年にチェコ、ニューヨークで公演。2025年にはカナダ・バンクーバー、アメリカ・ロサンゼルスでの公演を予定している。

郷土芸能との深い関わり。おわら風の盆に込められた想い 

――舘谷さんと音楽との出会いについて教えていただけますか。 

中学校14歳の時に、学校の三味線クラブ活動で始めたのがきっかけでした。当時は将来三味線奏者になろうとか、そんな大きな夢があったわけではなくて。高校でも郷土芸能部に入って続けましたが、実は将来は公務員になりたいと思っていたんです。富山や地元の八尾町をどうやったら活性化できるかという思いがずっとあっそそれに一番近い仕事が公務員だと考えていました。 

でも大学では全く違う方向に進んで、軽音楽部でベースを演奏していました。ただ、その頃から津軽三味線への憧れはずっとあって。速く打つ、かっこいいやつを弾いてみたいという思いが常にあったんです。 

――八尾町の伝統行事「おわら風の盆」にも長年関わっていらっしゃるそうですね。 

はい。実は2歳くらいの頃から参加していて、もう34年になります。八尾の子どもたちは基本的に歩けるようになったら出される感じで、わけもわからず連れていってもらうところから始まるんです。 

八尾町には11の町があって、それぞれが独自の活動を行っています。私も町に所属していて、三味線と胡弓の両方を担当することもあります。これは伝統行事をみんなで作り上げているからこその形なんです。 

――おわら風の盆は「祭り」とは少し違うと聞きました。 

そうなんです。厳密に言うと祭りとは呼ばないんですよ。神様を祀る祭りというより、五穀豊穣を願い、稲がたくさん育ちますようにという祈りの行事として毎年繰り返されてきました。 

特徴的なのは、その静けさと情緒深さです。阿波踊りのようなエネルギッシュな祭りとは異なり、静かに淡々と、でも幻想的な雰囲気で進んでいきます。日本の伝統行事の中でも、このように静謐な空気感を持つものは珍しいのではないでしょうか。 

――会期中は多くの方が全国から集まりますよね。地元の方から見て、県外の人をも魅了する理由は何だと思われますか? 

おわら節の音楽性や踊りなど、様々な要素が組み合わさって醸し出される独特の雰囲気に魅力を感じる方が多いですね。そこから地元の人との交流が生まれ、毎年通ってくださる方も少なくありません。30年以上通い続けている方もいらっしゃいますし、子どもの頃から見続けているという固定ファンもたくさんいます。 

この静かで落ち着いた雰囲気は、富山県の県民性とも通じるものがあるんです。富山って派手さや華やかさを前面に出すというより、地道にコツコツと、静かに頑張るような気質があります。五箇山など他の地域でも同じような傾向が見られますが、良い意味での緊張感を持って物事に取り組む。そんな県民性が、「おわら風の盆」の佇まいにも表れているのかもしれません。 

――深夜まで演奏されると聞きましたが、本当ですか? 

そうなんです。公式の行事は昼の3時から夜12時まであるんですが、そこからが面白い。12時から朝方5時、6時くらいまで、仲間内で楽しむ時間があって。観光的な要素を離れて、静かな通りを三味線と胡弓の音色だけが響く、そんな幻想的な時間があるんです。コアなファンの中には、その時間帯しか来ない方もいらっしゃいますよ。 

 

和のバイオリン、胡弓が持つ独自の魅力 

――胡弓という楽器について、もう少し詳しく教えていただけますか。 

胡弓は三味線を小型にしたような楽器で、馬のしっぽで擦って音を出します。和楽器の中で擦って音を出す楽器は胡弓だけなんです。別名「和製バイオリン」とも呼ばれていて、その独特の音色は、哀愁や郷愁を感じさせる温かみのあるものです。 

富山県の民謡と奇跡的に結びついたのも特徴的です。例えば「越中おわら節」は元々尺八を使用していましたが、胡弓を取り入れたことでより魅力が増しました。五箇山の麦屋節なども同様です。富山は民謡が残っている県で、その民謡と胡弓が見事に調和したことが、この楽器が富山で守られてきた理由の一つだと考えられています。 

――胡弓の奏者は日本にどれくらいいらっしゃるのでしょうか? 

私が知る限り、胡弓奏者という名前で日本で活動している人は多分10人もいません。海外でも胡弓を弾いている人はほとんどいないと思います。1月末にバンクーバーとロサンゼルスで演奏する予定なのですが、そこでも多くの方が胡弓を初めて見る、という状況です。 

 

伝統を今に伝える。講師としての使命と新たな挑戦

――現在の活動についてお聞かせください。 

富山市岩瀬の三味線屋さん「しゃみせん 楽家(らくや)」にき勤務し、主に三味線と胡弓の講師として教えています。他にも教室の事務的な業務や、楽譜制作、教則本の制作、YouTubeでの動画配信など、様々な活動をしています。特に胡弓については、教則本と動画をリンクさせた学習コンテンツを提供しているのは私たちだけだと思います。 

 

――伝統楽器は敷居が高いというイメージがありますが、その点についてはどうお考えですか。 

やはり和楽器は固定概念があって、難しそう、敷居が高そうというイメージをお持ちの方が多いですね。だからこそ、まずは知っていただくこと、実際の音を聞いていただくことが大切だと考えています。例えば、馴染みのある曲を胡弓で演奏するなど、親しみやすい形で魅力を伝えていきたいと思っています。 

特に海外での反応が面白くて。和楽器に対する先入観がない分、新鮮に受け止めていただけることが多いんです。バイオリンのような楽器が日本にもあるということに興味を持ってくださいます。 

▲ニューヨーク公演での様子。

 

水と山と文化が織りなす富山の魅力 

――富山県の魅力について、地元の方ならではの視点で教えていただけますか。 

富山の魅力はまず、水の美味しさですね。いつ飲んでも冷たくて美味しい水は、お寿司や郷土料理の味にも大きく影響しています。実際に、県外でイベントをする鱒寿司の職人さんは、水が違うことで味が変わってしまうと言うほどです。 

また、立山連峰の存在も富山県の大きな特徴です。富山の人々にとって立山は特別な存在で、SNSの利用率を見ても、立山の美しい風景を投稿する人が非常に多いんです。一つの山がドーンとあるのではなく、連なる山々のパノラマは、まるでアルプスのよう。完全に晴れ渡る日は少ないのですが、だからこそ雲間から立山が姿を現す瞬間の美しさは格別です。 

食の豊かさ、自然の美しさ、そして深い文化的な魅力。これらが富山県の強みだと思います。 

 

富山から世界へ。胡弓が繋ぐ未来への道

――今後、挑戦したいことはありますか? 

メジャーリーグのスタジアムやオリンピックの開会式で胡弓による「君が代」を演奏することが夢です。メロディーも速度も、胡弓の音色にぴったりだと感じています。何より、富山にしかない楽器による演奏は、大きな注目を集めることができると思うんです。 

もっと多くの方に胡弓を知っていただきたいですし、それを通じて富山県の文化的な魅力も発信していければと思います。 

▲東京事務所にて。

――最後に、伝統文化の継承についてのお考えを聞かせてください。 

人手不足という問題は、おわらに限らず全国の伝統文化に共通して言えることだと思います。特にコロナ禍でおわらも2年間ほど開催できず、そこで大きな変化が起きました。それまでずっと絶やさずに続けてきた練習など、すべての活動が一旦止まってしまったんです。 

その時に「おわら離れ」が深刻化して、「ない方が楽かも」という意見も出てきました。好きで続けていた人でさえ「なくてもいいか」という気持ちになってしまって。獅子舞なども同じように、なくなってしまったところも多いと聞きます。一度途絶えてしまうと、元に戻すのは本当に難しいんです。 

特に若い世代には、楽しんでやってもらうことを重視しています。「伝統を守ろう」という気持ちは大切ですが、それだけでは続きません。皆さんそれぞれ生活があって忙しい中で、自分の生活と密接に関わる形で続けていける工夫が必要です。友達と集まって楽しいと感じる、そういう気持ちを小さい頃から育んでいきたいですね。 

私自身、八尾の地域コミュニティの中でたくさんのことを学ばせてもらいました。近所の人はみんな子どもの頃から知っていて、「○○ちゃん」って声をかけてくれる。年上の人への言葉遣いや、どう振る舞うべきか、荷物は持ってあげようとか、学校では教わらないことを自然と学んでいったように思います。 

今はそういった世代間のコミュニケーションの機会が少なくなっていますが、伝統行事は世代を超えて交流できる貴重な場になっています。その価値も含めて、伝統文化の魅力を伝えていけたらと思います。

 

▼ 舘谷美里さんについてはこちら! 

しゃみせん楽家 ホームページ:https://shami1000rakuya.com/
舘谷さんYouTube:www.youtube.com/@enjoy5985 

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