日本をもっと自慢できる国にしたい――桝田酒造店社長の思い
written by ダシマス編集部
初代兵三郎が北前船で北海道旭川に渡り、明治26年に酒造業を興した桝田酒造店。明治38年に現在の富山市岩瀬に戻り、「岩泉」から「満寿泉」へとブランドを変更。「満寿泉」が現在の主力ブランドとなっている老舗の酒蔵です。
今回は、そんな歴史ある老舗を引き継いだ現代表、桝田隆一郎(ますだ りゅういちろう)さんに取材しました。
古き良き日本の伝統や文化を重んじる桝田社長の思い――。あまり多くは語らず、どこかそっけない語り口調なのに、岩瀬の人たちと、この国を慮る優しさを感じました。
そんな社長の思いを届けます。
株式会社桝田酒造店 桝田隆一郎(ますだ りゅういちろう)さん
1966年、富山市岩瀬生まれ。大学卒業後、留学、就職を経て、家業である〈桝田酒造店〉に入社。2004年〈岩瀬まちづくり会社〉を設立し、古民家や蔵を作家の拠点やショップへとリノベーションする活動を続ける。
執筆:大久保 崇
『ダシマス』ディレクター。2020年10月、在宅ワークをするためにフリーランスのライターとして独立。2023年1月、クライアントの重要なパートナーとして伴走するべく法人化。“社会を変えうる事業を加速させ、世の中に貢献する”をミッションとする。(取材:インビジョン小林)
戦後80年で失ったジャパネスク、取り戻せるのは僕たち日本人
――日本の老舗企業は世界から注目されているところも少なくありません。桝田社長としては、日本の老舗企業をどのように思っておられますか。
老舗企業が一番多いのは造り酒屋。次にお菓子屋、旅館と続きます。
僕からは戦後80年間で老舗は疲弊してきたように見えます。老舗が持つ良い価値観や素養の深さ、そうしたなかから生まれる美しさは棄損してしまったと思っています。戦争で混乱し、財産税の影響で財産の8割から9割を手放さざるを得なかったことで、余裕がなくなってしまったのでしょう。
そして今、バブル崩壊から30年が経ち、海外に行くと日本の存在感が薄れていることを強く実感しています。
今の日本人はジャパネスクを失い、かっこいい日本をプレゼンできる人材が不足しています。例えば日本酒の海外展開でも、漢字を捨ててアルファベット表記のラベルを使っています。僕自身も以前はそのように考えていました。ですが日本らしさをアピールせずにやっていては、日本の良さが伝わらないのではないでしょうか。今は、日本中がそのような状況に陥っているように思います。
だけど、その存在感を取り戻せるのは僕たち日本人だと思っているんです。
掘り下げていけば、日本には海外の人たちを魅了するコンテンツがあります。それをブラッシュアップし、世界中の人たちが震えるほど感動できるレベルまでもっていければきっと勝てると思っています。
――ジャパネスクを失った背景には、戦後の教育の問題もあるのでしょうか。
あると思います。
残念ながら、戦後の80年間で多くの貴重なものが失われてしまったと感じています。東京の家には畳や着物、下駄や草履がなくなり、日本を代表するものはほとんど無くなってしまいました。
能、歌舞伎、俳句なども、日本人の多くが親しまなくなり、それらを鑑賞するのはごく一部の人だけ。海外でもマニアックなレベルの人しか関心を持たず、そもそも言葉の壁があって何を言っているのかわからない。日本文化を海外に伝えようとする努力が足りていないように感じます。
それに、日本人はストーリーを伝えるのが下手です。例えばワインでも、5千円、5万円、50万円のワインのコストはほとんど変わりません。50万円で売るということは、その価格で買いたいと思わせるストーリーを作らなければならないのですが、そういったことが苦手なんですよね。でも日本人は、できないって分かったところから立ち直る力はあると思います。気がつけばできるんです。
実際に上手くやっているところもあります。例えば、富山の若鶴酒造では、ウイスキーづくりにおいて大事なポットスチルを鋳物でつくるという画期的な取り組みをしています。世界初の取り組みで、本当にすごいイノベーションを起こしているんですよ。外の世界を意識して革新的なことに挑戦している企業は、世界で勝負できる力を持っています。
人の価値観は産まれた時からの積み重ねでつくられるもの
――桝田さんはいつから今のような考え方、価値観を持つようになったのでしょうか。
産まれた時からの積み重ねではないでしょうか。57年間の色んな経験が少しずつ積み重なってできあがったものです(取材:2024年5月)。
有名な菓子屋で80歳になる経営者の方からは「僕も80になるまでにいろんな思いつきがあったけれど、それは生まれてからずっと和菓子のことを考えていたから。ゴルフをしていても、風呂に入っていても、ずっと和菓子や会社のことを考えていた」と話し、そして「その80年間、毎日毎日考え続けてきたことの蓄積の中から生まれるひらめきは、若い人の思いつきとは深さが違う」という話をされました。
人の価値観や判断基準というのは、こうした積み上げによって作られるものなんだと思っています。
でも時には、価値観が変わるような出来事にも巡り合うこともあります。
先日、僕は京都のとある旅館に泊まりました。純和風の旅館で、2階の部屋は窓を開けると目の前に桜と紅葉がある。完璧な、代々培われてきた美意識が凝縮された空間です。
そこで一緒に泊まっていた人と夜に飲みながら、カラオケの話になりました。僕はカラオケが嫌いなのですが、“嫌い”があるせいで人生を損しているような気がして、最近は車を運転しながら練習していたんです。酒造家なので、歌うなら船歌などの酒の歌がふさわしいと思い何曲か歌っていた――。そんな話で盛り上がっていたのですが、ふと、目の前にある珪藻土のコンロに目が留まりました。
コンロの周りには、よく見ると能の「菊慈童」の演目が書かれていました。そこで僕が「なんでいつも菊慈童なんですかねぇ?」とこぼしたところから能の話になりました。僕は昔、人間国宝である観世銕之丞先生(八世)に能を習っていたので、そのことを話すと、「桝田さん、船歌もいいけれど、やるなら能ですよ。桝田さんがゆったりと菊慈童を歌う姿は誰にも真似できない。そういう日本の伝統文化をやらないと」と言われたんです。
その時、僕は「そうか」と腑に落ちました。こんな風に、時折、僕が良いと思っていた方向性を否定してくれる人との出会いもあるんです。
――「社会のために会社経営をする」という考え方について、どのようにお考えでしょうか。
僕は別に、社会のために何かしているとは思っていません。自分の会社と家族、従業員や僕の周りにいる岩瀬に住む仲間たちのことを考えています。
岩瀬にはガラス、陶芸、彫刻、漆、鍛冶などのクラフトに携わる人たちが移り住んできて、世界で活躍することを目指して頑張っています。また、イタリアン、フレンチ、和食、蕎麦など様々なジャンルの料理人たちも集まっています。彼らと、その家族が幸せになることを考えるだけで精一杯です。
誰かがお茶を入れておいしいと言ってくれるだけで嬉しいのと同じように、そういった身近な人たちがニコニコしているのを見るだけで楽しいんです。
それが57年間の様々な経験と出会いによって形作られてきた、僕の価値観なのだと思います。
本当の価値を理解してくれる1万人が訪れる日本に
――桝田さんにはぜひ、次世代の起業家や経営者に向けてのアドバイスをお願いしたいです。
みんな求めるものが違うし、自分が良いと思うことをやればいいんですよ。僕が人の人生について口出しするのは違うと思います。
ただ、世界に目を向ければ、日本の存在感が薄れていく一方だということは事実です。僕としては、日本をもっと自慢できる国にしたいという思いがあります。同じように、そういう思いを持って、世界に自慢できるようなことをする人が増えてくれると嬉しいですね。自慢できるプロダクトをつくり、尊敬されるような会社が増えていけばいいと思っています。
例えば、ビバリーヒルズを歩けば、雑誌に登場するような海外のセレブリティを普通に目にします。ですが、そういった人たちが日本を訪れることはほとんどありません。彼らが旅行に行くなら、南フランスやカリブ海、イタリアなどが選ばれ、日本や東南アジアは選択肢にすら入らないのが現状です。
確かに、海外の一流ブランドの大規模なパーティーが日本で開催されれば、セレブたちが飛行機で駆けつけることはあるでしょう。しかし、そういったイベントがない限り、彼らが日本に来る理由はないんですね。
日本には、年間3000万人もの観光客が訪れていますが、数の問題ではなく、どういった人が来ているのかが重要です。欧米のトップクラスの人たちが、休暇で日本に憧れを抱き、実際に訪れた際に「本当に素晴らしかった。友人にも勧めたい」と思えるような国になっていないのが、今の日本の現状だと僕は思います。
昔、僕がパリで食事をしていた時のことですが、僕たちが入った店の前には長蛇の列ができていました。一緒にいたフランス人に、「隣の店はすごく並んでいるけれど、こちらの店は並んでいない。どうしてだろう」と尋ねたところ、彼は「あそこに並んでいる客を見てみろ。つまらない奴らが並んでいるから、あの店はつまらないんだ」と言うんです。
僕たち日本人は、行列ができていることをよい指標とする傾向がありますが、フランス人は並んでいる客の質を見て判断します。そういった価値判断の能力が、日本人には欠けているのではないでしょうか。表面的なデータだけを見て物事を判断するのではなく、実態を見て判断することが必要だと思います。
――なるほど……。やはりどんな価値を提供できるかが大切なのですね。
人には物事の本質を見極める能力があります。その能力を鍛え、そういった見方をする習慣が身についていないだけだと思います。
味覚の判断にしても他の判断にしても、鍛えないと例えば米の品質を精米歩合だけで判断したり、絵画の価値を大きさだけで判断したりするようになってしまう。自分で判断する能力を失ってしまうんです。
これは誰にでも当てはまることですが、大切なのはそのことにいつ気づくか。気づいた後、少しずつでもそれを改善しようとする人と、気づいても何も変わらない人がいるだけの違いだと思います。
――最後にお伺いしたいのですが、桝田さんは人を見極める際には、何を見てどのように判断されるのでしょうか。
やはり最初に会った時の第一印象ですね。第一印象というのは、その人が30年、40年、50年かけてつくり上げてきた雰囲気の現れです。僕たちは日々新しい人と出会いますが、その際に直感的に相手のことを判断しています。
相手がどんな髪型をしているのか、どんな服を着ているのか、どんな時計をしているのか、そういったものは全てその人が選んだものの集合体なのです。だから、顔つきを含めて、その人の内面が外見に表れますよね。
編集後記
お話全体を通して、とても印象的だったのが「人生の積み重ねによってつくられる価値観」と「自分たちの住む国や地域への愛情」です。特に最後におっしゃった“第一印象というのは、その人が30年、40年、50年かけてつくり上げてきた雰囲気の現れです”というフレーズには、とてもリアリティを感じました。現地に取材に行って、実際にその言葉を生で聞いてみたかったです。
今回は従来のダシマスの記事とは毛色の違う記事となりましたが、取材の内容を踏まえて、桝田社長の「価値観」をしっかり届ける構成にしました。それが一番、桝田社長の“らしさ”を伝えられると思ったからです。筆者が感じた、桝田社長らしさが伝われば幸いです。
株式会社桝田酒造店について
HP:https://www.masuizumi.co.jp/