漆の輝き、時を超える技。蒔絵師・吉川和行さんが語る伝統と革新
written by 大西マリコ
漆で絵や文様を描く蒔絵は、日本の伝統工芸を代表する技法の一つです。その繊細な美しさと奥深い魅力は、古くから人々を魅了し続けてきました。富山県高岡市で3代目として漆芸吉川を継ぐ蒔絵師・吉川和行さんに、蒔絵の魅力や歴史、そして未来への展望について伺いました。
インタビュイー:吉川和行さん
1985年7月2日、富山県高岡市生まれ。富山商船高等専門学校卒業後、光岡自動車に就職し、スーパーカー「オロチ」の制作に携わる。2012年、父の仕事である蒔絵の勉強を始め、家業を継ぐことを決意。2019年と2020年に高岡市民美術展で大賞を受賞。現在は、装身具から2mを超える建材まで、さまざまな物に蒔絵を施し、新しい可能性を探求中。3代に渡り漆芸に携わる「漆芸吉川」の3代目として、伝統技法を守りつつ、新しい表現や異業種との協働にも積極的に取り組んでいる。
蒔絵の魅力と歴史。光と時が織りなす美の世界
――― はじめに、蒔絵師である吉川さんが思う、蒔絵の魅力から教えてください。
蒔絵の最大の魅力は、その奥深さと多様性にあります。漆という素材と金や銀の粉を使って描く蒔絵は、光の当たり方や見る角度によって様々な表情を見せてくれます。それは単なる絵画とは異なり、立体的で生きているような魅力があるんです。
また、蒔絵は非常に繊細な技術を要するため、同じデザインでも作り手によって全く異なる仕上がりになります。その個性の表現力も魅力の一つですね。さらに、蒔絵は時間とともに味わいが増していくのも特徴です。長く使い込むことで、より深みのある美しさが生まれてくるんです。
――― 蒔絵の歴史、変遷について。蒔絵はどのような使われ方をするものなのでしょうか?
蒔絵の歴史は古く、奈良時代にはすでに技法が確立されていたと言われています。当初は主に仏具や調度品に用いられていましたが、平安時代以降は貴族の間で愛好され、さまざまな生活用品に施されるようになりました。
現在の蒔絵は、伝統的な用途である仏具や茶道具はもちろん、インテリア小物や装飾品、さらにはアクセサリーなど、より身近なものにも使われています。とくに分かりやすいのは食器でしょうか。食器は漆との相性の良く、普段使いする食器からお重などがあります。塗りだけじゃなく絵があしらわれていることもありますよ。
――― 富山県や高岡における蒔絵の特徴というのはありますか?
高岡市で言うとやっぱり仏壇仏具が有名ですね。やっぱり漆と銅器、金属産業が盛んな高岡でシェア率が高いのは仏壇仏具になってくると思うので、そこに絵を書かせていただくことはあります。
高岡は400年以上の歴史を持つ「ものづくりの町」なんです。同じ町内にその仕事に携わっている方がいたり、小学校で伝統工芸の授業があったりするので、蒔絵だけでなく伝統工芸が身近にあるという感覚はみなさんもっているのかなと思います。
▲「ものづくりのまち」として発展してきた富山県高岡市
偶然と必然が導いた伝統工芸の継承
――― 「漆芸 吉川」として活躍中の吉川さん。3代に渡り、蒔絵や塗り師などの漆装飾に関わっているとお聞きしましたが、家業を継ぐ形で蒔絵師になったのでしょうか?
祖父が漆の問屋さんに携わりながら漆塗りもしていて、父は京都で着物に絵を書く仕事をしていました。父が京都から高岡に戻ってきた際、「絵描けるし、蒔絵をしてみろ」ということで父も漆に携わるようになったそうです。なので父もそうですが、僕も「親の仕事を引き継いだ」という思いは実はなくて。便宜上「3代目」と言ったり言われたりすることはありますが、跡を継いだ感覚ではないんです。
「蒔絵師の後を継ぐんだ!」という思いで学生生活を送っていなかったので、絵の勉強や、伝統工芸、漆に関する勉強をするような学校などにも行っていません。
――― 家業にはあまり興味がなかったという吉川さんですが、それでも漆や蒔絵の世界に入りました。何かきっかけがあったのですか?
20代後半までは自動車製造業や飲食業で働いていたのですが、ある時、父が怪我や病気で仕事ができない時期が訪れました。その時に父の作業場でぼーっとしていて、大量の材料と道具を見ながら「これ捨てるのもったいないな」って思ったんです。なんとなく「僕が跡を継がないともったいないことになるかな」と思って、父の仕事を手伝ったり、勉強し始めたりしたのがきっかけです。
――― 蒔絵師としてのやりがい、吉川さんの蒔絵の特長や魅力がありましたら教えてください。
蒔絵には何百、何千と細かく技法が分かれているので飽きることがありません。おそらく僕も、生きている間に全部こなすことは不可能だろうなと思うくらい。でも、そこが面白いところで、技法が多いので「これとこれを組み合わせたら誰もやっていないことができる」というように、毎日何かしらの新しい発見があるところが面白さに繋がっていて、そこにやりがいを感じています。
僕の蒔絵の特長……いつかは欲しいと思っているのですが、今すぐこれです!と言えるものはまだ見つかっていないですね。ただ、父が卵(主にうずら)の殻を取り入れた「卵殻塗り」という技法を得意としていたので、僕も作品をつくる際は意識して取り入れています。昔からある技法で、人間国宝の方もいらっしゃったくらいなのですが、やっている人は少なくて珍しがられますね。
――― 卵の殻を取り入れた蒔絵、とても興味深いです。詳しく教えていただけますか。
まず、なぜ卵の殻を使うかというと、漆に白色が無いからなんです。漆はどうしても黄色や茶色がかった白になってしまうので、きれいな白を出せないんですね。あとは、基本的な技法にはない、ひび割れた感じというか、儚い感じを表現するのに適しているからです。
材料費はゼロですが、準備が大変でして。あの茶色い斑(まだら)を溶かして綺麗に白くしてから、中の薄皮を2枚剥がして……とやるのですが、つくっているうちに崩れてしまうこともありますし、綺麗なものは「10個20個中に1、2個出てきたらラッキー」っいうぐらい選別が大変です。その後の作業も、爪楊枝の先のようなもので一粒一粒動かしながら作業するので、「目の血管が切れるんじゃないか」っていうぐらい細かく、想像以上に時間がかかります。
▲吉川さんが力を入れている技法「卵殻塗り」に使用する、うずらの殻。繊細な技が美しい模様を作り出す
伝統を未来へ。高岡の若手職人が描く伝統産業の展望
――― 職人としての他に、高岡伝統産業青年会 第46代会長として、高岡の伝統産業や、高岡という街をものづくりの産地としてさらに盛り上げるために尽力している吉川さん。どのような取り組みをされているのか、またその想いや背景についても聞かせてください。
ここ数年でいうと、高岡にジャンル問わず人をお呼びして、バスツアーで1日に4、5軒ほど工房見学を行い、夜は交流会をするというツアー企画が10年以上続いています。
あとは県内外での展示、イベントの参加も含めて自分たちでイベントを企画する、いわゆるPR活動が主な活動です。依頼をいただいて、高岡市内のショッピングセンターでワークショップを開催することもあります。
現在、とくに力を入れているのが「ツギノテ」というイベントです。高岡駅に併設された立体駐車場を使って、高岡を始めとする各地の職人さんの技術展示をした50〜100のブースを用意し、フードマーケットなどを複合的に展示するイベントになっています。
▲記念すべき第1回目、2023年の「ツギノテ」の様子。話題を呼び、全国からお客さんが訪れた
昨年、2023年に高岡伝統産業青年会が50周年を迎えるにあたり、高岡という場所で若い世代から親世代まで巻き込んだ継続性のあるイベントをつくろうということで生まれました。おかげさまで約4000人来場者があり好評で、2024年10月に第2回を開催予定です。
▲2024年は10月19日、20日の2日間に渡り開催する「ツギノテ」。詳しい情報はサイトをチェック!(https://tsuginote.jp/)
――― 本日はありがとうございました!最後に、吉川さんと蒔絵の今後について、展望を教えてください。
個人的には、蒔絵師として、漆の加飾に携わるものとして何かしらの存在意義を出せるような、そんな技術を見つけていけたら。あまり気負わず、手の届く範囲の中で頑張りたいと思っています。
伝統産業でいうと、どうしても担い手が少ないので、他産地との交流や技術の交換を行うことが僕の中では大事なことだと感じていて、ここ数年意識的に活動をしています。今後も交流を続けていきたいです。
▼吉川和行さんについてはこちら!
https://www.instagram.com/shitsugei_yoshikawa/