絶景は日常の中にある!写真家・黒﨑宇伸さんが切り取る富山と人々
written by 大西マリコ
豊かな自然に囲まれ、四季折々の美しい風景が魅力的な富山県。そんな富山で生まれ育ち、写真を通して富山の魅力を発信している人がいます。写真家・黒﨑宇伸さんです。黒﨑さんが切り取る富山の写真はさまざまな場所で高く評価され、国内外のフォトコンテストで受賞し続けています。そんな黒﨑さんに、富山の写真を撮るようになった経緯から地元を撮ることの意義まで、お話を伺いました。
インタビュイー:黒﨑宇伸さん
写真家。銭湯「平成松の湯」店主。大手光学機械メーカーを経て、スキューバダイビングインストラクターとなり、世界中の海に潜り水中写真を撮影する。その後、実家の銭湯を経営するため魚津に帰郷。 現在は富山の風景を撮影し、世界に向けて発信している。国内フォトコンテスト最高位は数知れず。2020年、英国グリニッジ天文台が主催する世界最大級の天文写真コンテストに、地元・富山の風景を切り取った1枚が優秀作品に選ばれ、日本人として歴代2人目という快挙を成し遂げ、続く2022年、2023年にも同コンテストに唯一の日本人写真家として入選を果たす。
富山嫌いが一転、運命に導かれた富山と共に歩む人生
――― 富山県の風景を中心に、魅力あふれる写真を撮っている黒﨑さん。やはり富山愛が写真に現れているのでしょうか?
実は僕、若い頃は富山があまり好きではなかったんです。富山が嫌いというか、実家の銭湯の仕事をしたくないという気持ちが強かったかな。親の仕事を見ているとお盆も正月も休みがなくて、遊びに連れて行ってもらった記憶もない。だから僕は「将来は、絶対サラリーマンになるんだ!」と決めていました。
そうして大人になり、念願のサラリーマンになって富山を出て上京するのですが、研修が終わって配属された先はなんと富山!富山から出るために就職したのに、もうすっかり働く気がなくなってしまって……。
――― まさか、富山が嫌いだったとは意外でした……!そこからどのようにして、現在のように富山愛あふれる写真を撮るようになったのですか?
サラリーマンを辞めた後は、寒くて鉛色の日本海が見える富山とは真反対の南の国で働こうと、ダイビングのインストラクターになりました。ご縁があってサイパンに行くことになったのですが、ここがまさに僕がイメージしていた南の島で。「ダイビングってなんて楽しいんだろう!」と思ったら、ふと日本海しか知らない地元の友達に「ダイビングの魅力を伝えたい」と思うようになったんです。
そうして帰国して、3年ほど福井県の敦賀でダイビング指導をすることに。そこで水中写真を撮るようになったのが写真との出会いです。
1992年当時はデジタルカメラがまだ世の中になくて、フィルムカメラの時代でした。それでも水中写真のブームがあり、防水ケースにインスタントカメラを入れて海に潜って写真を撮っていました。
その後、一眼レフが出始めた頃、お店のサービスとして写真を強化することになって使い方や撮り方をお客さんに指導するようになりまして。その流れでメーカーやプロのカメラマンの方々から学ぶことも増え、写真が身近なものになりました。
――― そこから本格的に写真家になるべく、富山の写真を撮り始めたのですか?
この頃も富山に戻るつもりは一切なくて、いずれは海外で自分のダイビングサービスをして世界中の海に潜りたいと思っていました。だから日本に帰っても水中写真ばかり撮っていたのですが、2001年に父親が他界したことをきっかけに実家の銭湯を継ぐことになったんです。
▲黒﨑さんが店主を務める魚津市の銭湯「平成松の湯」
そこからは写真は一切撮っていなかったのですが、2008年にバイクで事故に遭いまして。生きているのが奇跡なくらいの大事故で石川県の金沢に1年間入院していたのですが、リバビリの散歩がてらガラケー(当時の携帯電話)で写真を撮るようになりました。
とにかく歩かないといけなくて。でもただ歩いていても面白くないので、松葉杖をつきながら兼六園やお寺などを撮り始めるようになったのが、僕の風景写真撮影の原点かもしれません。
ユーモアを大切に。多面性を引き出す観覧車写真
――― まるで映画のような写真家への道のりですね!富山に対しては、現在はどのように感じていますか?
四季がはっきりしているので、季節でまったく違う表情を見せてくれる、美しい場所だと思います。富山は海も山もあり、その両方の距離がとても近い。だから海から山が見れたりするのですが、そういう場所って世界でもなかなかないんじゃないかな。
海外に住んだことで、「自分の当たり前が他人の当たり前とは限らない」と学びました。僕が憧れていた海は地元の人にとっては日常だし、反対に彼らは僕の日常である雪景色に憧れていたり。だから世界中どこに行っても、見方を変えれば「絶景」なんだなと。自分次第でいくらでも魅力的な場所として発信できると確信して、今は富山を撮っています。
――― 現在は富山県の中でも魚津市のミラージュランドの観覧車をよく撮影されていますよね。そこにはどんな思いが込められているのでしょうか?
ひとつのモチーフとして、僕を代表する作品集として発表したいなという思いから撮影しています。
ミラージュランドの観覧車を撮り始めたのは、バラエティ番組がきっかけなんです。ミラージュランドの観覧車は民家のすぐ後ろにあるのですが、それを見てタレントさんが驚いていたそうなんです。そう妻から聞いて、僕たちにとって当たり前の風景でも、当たり前じゃない人もたくさんいるんだと気付きまして。
▲英国王立グリニッジ天文台主催『Astronomy Photographer of the Year 2023』SKYSCAPES 入選作品『月暈と大観覧車』
よく考えたら、観覧車って人の日常や生活とは離れた場所にあるものなんですよね。でもミラージュランドの観覧車は僕たち富山県民の生活のすぐそばに存在している。そういう変なところがすごく魅力的だなと、魅せられました。
――― さまざまな角度から観覧車を撮影した写真がありますが、最近では富山県出身の力士・朝乃山関と、かえるに詳しい魚津市の小学生・かえるクンの観覧車写真が話題になりましたね。こちらはどのようなエピソードがありますか?
これまでは「風景の中にある観覧車」をよく撮っていたのですが、今は「人と観覧車」をテーマに撮っています。
朝乃山関と、かえるクンは富山を代表する人気者。とくに朝乃山関はうちの銭湯でも大人気で、テレビ中継をつけているとみなさん朝乃山関に釘付けです(笑)。銭湯での挨拶は「勝った?負けた?」でもはや主語もないほど、朝乃山関は富山県に久々に出てきた人気力士なんです。
撮影は、やはり相撲を意識したものにしたいなと考えていました。でも普通に相撲を取ってもらってもつまらないので、「ギャップのある相撲」ということで、お二人には紙相撲をしていただきました。この写真は今、銭湯に飾ってあるのですが大人気ですよ。
――― とてもユニークで、写真を撮る人、撮られる人、またそれを見る人と、みんなが幸せな気持ちになれる取り組みですね。
そうなんです。僕は写真を撮るうえで「ユーモア」をすごく大切にしていて、多面性や多様性を表現できたら面白いなと思っているんです。
僕自身も銭湯を営みながら写真を撮っているし、みんな色々な仕事や顔、思いがあるんですよね。自然だって、夏があれば冬もあるっていうように、同じ被写体でも色んな表情があってそこが面白い。だからそういうギャップというか、多面性を表現したいという思いで今は写真を撮っています。
観覧車と人。富山の日常を世界に伝える
――― 写真において、ユーモアを大切にしているという黒﨑さん。お話から、楽しんで撮影されている様子が伝わってきます。
僕の行動基準は、「楽しい」「楽しくない」のニ択しかないんですよ。
「やれる」「やれない」じゃなくて「面白い」「面白くない」かどうか。だから「朝乃山関を観覧車で撮ろうと思ってるんだ」って周りに話したら、「そんなの絶対無理だよ」「ばかばかしい」などとネガティブな言葉が返ってきましが、僕は真面目に楽しみたいっていう気持ちだったんですよね。
――― 本日は貴重なお話をありがとうございました!最後に、今後の展望について教えてください。
お話してきたように、今はミラージュランドの観覧車を撮っていますが、「観覧車と人」というところに力を入れていきたいと思っています。
観覧者に幅広い年代の方をお連れして撮影していますが、大人とくに高齢の方は観覧車に乗るのが少し恥ずかしいそうなんです。遊園地に行くというのがまず恥ずかしいと。その感覚についてこれまで僕は気付かなかったのですが、なんとかお連れして写真を撮ると、皆さんとても楽しそうなんですよ。ちょっと普段とは違う顔っていうかね。
これも多面性があって、ユニークですよね。なので、「子どもも大人も誰でも楽しめる」「誰もが笑顔になれる場所」ということで、ミラージュランドの観覧車の写真を作品にして発表したいと思っています。
▼黒﨑宇伸さんについてはこちら!
https://www.instagram.com/takanobu_kurosaki/